LOGIN その日も
「いいですか、早く妻を……」
母がくどくどと何やら言っているのを聞きながら貴晴は横目で庭を眺めていた。「み吉野の み山の上の 月影に 桜の白き 色やうつらむ」
突然母が歌を「帝の
なんだ、春宮狙いか……。
貴晴は興味を失って庭に目を戻した。
先日の帝の行幸なら歌会ではない。 歌会でもないのに帝や春宮がいるところでならば妃になりたいという事だろうし、だとすれば出世の見込みのない下級貴族など鼻にも引っ掛けないだろう。
「どう思いますか?」
母が言った。どうと言われても……。
手の届かない相手なのにどうしろというのか。
いっそ適当な姫との話を付けてきてくれれば楽なのに……。
この前の国司の娘とか……。 貴族の結婚は男が妻の元に通う
貴晴が母になんと答えようか悩んでいると
「失礼致します。
持つべきものは気の
まぁ隆亮自身はそれほど身分が高いわけではないが父親が右大臣なのだ。
右大臣は数少ない大納言より上の官職である。それより遥か下の「由太、よくやった」
貴晴がそう言って部屋に入ると隆亮が座っていた。助け船を出してくれたわけじゃなかったのか……。
「邪魔したか?」
隆亮が声を掛けてきた。「いや、助かった。母上がうるさかったんでな」
「何をやらかした」 隆亮が笑いながら訊ねる。「そろそろ妻を、と」
貴晴が答える。「それは当然だろう」
隆亮が言った。 女性に興味がない貴晴と違い、隆亮には既に妻がいる。しかも二人。私と同い年なんだがな……。
もっとも十八だから妻二人は普通だ。
なんなら子供がいてもおかしくない。隆亮とは二年前に出掛けた先で知り合った。
人付き合いの苦手な貴晴の数少ない友人である。「これまでいいと思った女性が一人もいなかったのか?」
その問いに一瞬、二年前に会った少女が浮かんだ。 隆亮と知り合った時に出会った少女である。 それを慌てて振り払う。いくらなんでも子供なんて……。
そもそも顔も見てないし……。
幼馴染みでもない限り好きな女性の顔を見たことがないのは普通だが。
しかし顔だけではなく、どこの誰なのかも分からないのではどうしようもない。「だから
「実は夕辺、妻の一人が香を
「実は
外を歩き回れば匂いが薄れるという事だろう。
薄れなくても祖父の邸で着いたと言い訳出来る。 それで花見に誘いに来てくれたらしい。「いいぞ」
貴晴は快諾した。隆亮に連れてこられたのは都の郊外にある邸だった。
貴晴が降りた牛車の横を別の牛車が通り過ぎていく。 この先の寺に行くのだろう。「貴晴?」
隆亮が声を掛けてきた。「ああ、すまん」
貴晴が答える。「なんだ、寺なんかじっと見て。出家でもする気か?」
隆亮が冗談めかして訊ねてきた。「ああ、よく考える」
貴晴が真顔で返すと、 「本気か!?」 隆亮が驚いた表情を浮かべた。「出家すれば妻も持たなくてすむし歌会にも出られるようになる」
貴晴が言った。「歌会に呼ばれるのは坊さんだからじゃなくて歌が上手いからだ」
隆亮が突っ込む。それから、 「出家しなくたってお前なら出られるだろ」 と言った。「目立ちたくない」
貴晴が答える。「坊さんになったからって姿が見えなくなるわけじゃないぞ」
隆亮が言った。姿が見えないのに声だけ聞こえる方が目立つと思うが……。
貴晴は心の中で突っ込み返した。
目立ちたくないのは隆亮が考えているのとは違う理由なのだが。 貴晴はそれ以上、何も言わず隆亮に部屋に入ると貴晴の祖父がいた。
「……何故ここに」
貴晴はそう言ってから隆亮の方を振り返った。「お前、実は俺の伯父か従兄だったのか?」
「なわけないだろ」 隆亮が突っ込む。「お前が呼んでも来ないから隆亮殿に頼んで連れてきてもらったのだ」
祖父が言った。「お知り合いだったとは存じませんでした」
貴晴は無愛想に答えた。 とはいえ隆亮の父と祖父は公卿同士なのだから知り合いでも不思議はない。「大事な話があるのだ」
祖父が言った。「処分のことでしたら母上に……」
「縁起でもないことを言うな!」 祖父が貴晴の言葉を遮った。 処分というのは財産の相続のことである。「お前に頼みたいことがあるのだ。任せたいこと、と言ってもいい」
「…………」 貴晴は黙っていた。「実はお前を
「今でこそ親王の名誉職のようになっているが本来は
親王や左右大臣を含めた者の非違……。
非違とは違法行為、要は犯罪のことである。
下級貴族や庶民相手なら「取り締まる必要が出てきたのですね。身分の高い者を」
貴晴が言った。「さすが
「へつらうな。お前の父親は右大臣だろうが」
貴晴が隆亮を睨む。 もしも右大臣が悪事に関わっていたとしたら隆亮の父が捕まることになるのだ。「お前の父親が失脚したらお前も出世出来なくなるんだぞ」
といっても貴族の処分など反省文程度なのだが。 特に上級貴族は。 重くても太宰府への流罪だし、それも数年で許されることが大半だ。「幸い私にはまだ子供がいないからな。そのときは一緒に出家して歌会に出よう」
隆亮が明るく言った。出家って……。
妻達はどうする気なんだ……。父親が悪事に関わっていないと信じているのか出世出来なくても構わないと思っているのか――。
「監察官としての実体がなくなってしまったから親王の名誉職のようになっているが、別に親王でなければなれないわけではない」
「大納言がなって こいつ、あらかじめ
尹大納言など大分長いこといなかったのだから昔の記録を調べたのでなければ知っているはずがない。
「実体がないなら悪事を働いた者を突き止めたとして捕らえることは出来ないでしょう」
「うむ、帝に そもそも
遙か昔は皇后(中宮)は皇族でなければなれなかったから帝の外祖父も帝だった。
そのため帝の権力は強かった。 だが、いつしか大臣の娘も皇后になれるようになり、いまや大納言の娘もなれるようになった。 そのため帝の親族である貴族が非違を犯したときの処罰も甘くなった。 大した処分を下さないのなら摘発しても無駄だし、中下級貴族や庶民相手なら検非違使でいい。 弾正台の実権は徐々に検非違使に移り断固とした処分を下すことに改めるのならともかく、そうでないなら何も貴晴がなる必要はない。
そうでなくても貴晴は帝とは関わり合いになりたくないと思っているのだ。「失礼致します」
貴晴はそう言うと祖父が何か言う前に踵を返した。敬称略 順不同鏡山昭典『私撰 枕ことば辞典』阿部萬蔵・阿部猛『改訂版 枕詞辞典』八條忠基『詳解 有識装束の世界』倉本一宏『平安京の下級官人』和田英松『官職要解』榎村寛之『斎宮-伊勢斎王たちの生きた古代史』承香院『あたらしい平安文化の教科書』繁田信一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』こさかべ陽子『よく分かる平安時代』『平安時代の絵事典』『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<上>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50192/『光る君へ』ついに最終回…時代考証が語る平安貴族の「政治」と「恋愛」<下>https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20241209-OYT8T50194/望月光『望月光の古文教室 古典文法』荻野文子『マドンナ古文 パーフェクト版』『落窪物語』『平中物語』『御堂関白記』『小右記』『堤中納言物語』『日本書紀』『古事記』『古今和歌集』『山槐記』『源三位頼政集』小松英雄『伊勢物語の表現を掘り起こす』望月光『望月光の古文教室 古文読解編』荻野文子『マドンナ古文常識217』荻野文子『マドンナ古文和歌の修辞法』岡本梨奈『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』木下武司/亀田龍吉『万葉集 植物さんぽ図鑑』成清弘和『律令家族法の研究』『令義解』『律令制と古代社会』河添房江『紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語』八條忠基『有職故実から学ぶ年中行事百科』梶川敏夫『ビジュアル再現 平安京 地中に息づく都の栄華』梶川敏夫『新版よみがえる古代京都の風景
随身が猫を捕まえ、糸毛車が動き出そうとしたのを見た貴晴は思わず牛車の外に飛び出した。「貴晴!?」 隆亮が驚いたような声を上げる。 貴晴はそれには構わず糸毛車に駆け寄ろうとして足を止めた。 隆亮が出世できなくなったら困るか……妻達が。 貴晴は牛車の中の隆亮を振り返った。「お前はそこにいろ!」 と言ってから、「そこの車、止まれ!」 と青糸毛の牛車を止めた。「誰だ、お前は! この車に乗ってるのがどなただと……」 郎党が刀の柄に手を掛けて誰何する。「私は弾正台だ!」 貴晴がそう言うと、青糸毛の前簾が僅かに動いた。 乗っている者が外を覗いたのだろう。「そいつの狩衣は黄丹よ! 春宮でなければ着られない色を着るとは不届きな! やってしまいなさい!」 青糸毛の中から女性の声がした。 郎党達が一斉に斬り掛かってくる。 貴晴は抜刀すると太刀を横に払った。 郎党が叫び声を上げて転がる。 続いて背後で絶叫が上がった。 振り返ると隆亮が郎党を斬り捨てたところだった。「おい! 出世できなくなるぞ!」 貴晴が隆亮に声を掛ける。「私はお前の手伝いを命じられてるんだから、これは仕事だ」 隆亮は嬉々としてそう言いながら別の郎党を斬り付ける。「これは仕事じゃ……」「お前、弾正台だって名乗っただろ」 隆亮が更に別の郎党を斬る。 失敗した……。 隆亮が側にいない時にするべきだった。 あの女御だと気付いて咄嗟に牛車を止めてしまったが……。 私が全ての責任を被れば隆亮はお咎めなしにしてもらえるだろうか……。「春宮になりたいのでしょうけど、そう
「女御の猫だとご存じだったのですか? それで、あの袋を……」 貴晴は織子に訊ねた。 「女御?……ああ、ではやはり、あの方は春宮様のお母様だったのですね」 「ご存じなかったのなら何故、言葉を濁しておられたのですか?」 単に暗くてよく分からなかったという事だったのか?「父が春宮冊立の邪魔をしていたとか、私が邪魔をするとか仰っていたので……」 つまり帝や春宮が関わっているようだから言いづらかっただけか……。 春宮冊立の邪魔を出来るような立場の人間となると身元はかなり絞られる。 二年前に一度襲撃されていて内親王だという事を人に知られたくないと思えば春宮や女御と関わりがあるというわけにはいかないだろう。 そういえば――。「都の近くまで戻ってきてから襲撃されたんですよね? 退下した斎王を狙う理由は……前の帝が春宮冊立の邪魔をしていたと思っていたから、その逆恨みだったということですか?」 「いえ、どなたかに春宮位を奪われるかもしれないと……それで帝が私の言う事を信じるとかなんとか……でも、私は今の帝とお話ししたことは……」 織子が首を傾げながら言った。 斎宮に旅立つ儀式をすっぽかしたのだから今上帝が織子に会ったことがあるとしても十二年以上前だ。 となると、帝は織子の言うことを信じているというより恐れていて、つつじの君が廃太子をしろと言ったらその通りにするかもしれないと思っていたのかもしれない。 そもそも、帝が織子を恐れているのは大赦させるために女御が毒を飲ませたせいなのだから自業自得なのだが――。「帝には他に親王様がいらっしゃらないのですから廃太子などあるわけないのに……」 織子は『帝には他にご存命のご兄弟はいらっしゃらないし……』と言いながら首を傾げている。 祖父が言っていたように、皇族しか皇后になれなかった時代は帝の意向がもっと尊重されていたから春宮選びにもその意思が反映された。 ただ、それも相当大昔の話だ。
それが二年前のことだった――。 それ以来、祖父とは口を利いていなかったから詳しいことは知らないが、おそらく今の春宮を押している勢力――多分、春宮の母親の女御やその父親――が、帝が隠し子を春宮に立てようとしているようだという噂と聞き付けて貴晴の命を狙ったのだ。 迷惑な……。 だから皇族も貴族も嫌いなのだ。 皆、他人の気持ちを考えずに勝手なことばかり……。 弾正台に補すという話があった時、すぐに〝弾正宮〟にしてやるという意味だと察しが付いた。 弾正台というのは親王がなる名誉職のようなものだからだ。 だが親王宣下――親王の身分を与えること――の有無はともかく、貴族の腐敗を正す気があるというのならなってもいいかと思ったのだ。 大納言の姫と釣り合う身分も欲しかったし……。 そういえば、内大臣が中の姫の恋人のことを相談した女御は春宮の母親だと言っていたな……。 貴晴を狙ったのと、内大臣の中の姫の恋人を殺したのが同じ女御だとしたらやたら殺意が高い女性だという事になる。「きゃーーーーー!」 不意に織子が悲鳴を上げた。「つつじの君!」 貴晴は慌てて立ち上がると、 「失礼します!」 御簾を払った。「あ、た、多田様、違います」 つつじの君が慌てたように顔を隠す。 「え?」 「そ、そちらに……」 つつじの君が震える指で貴晴の後ろを指す。 振り返ると背後に蛇がいた。 どうやら庭から這い上がってきたらしい。 こういう事は偶にあるのだ。 毒蛇ではない。 貴晴が蛇を掴んだ時、郎党達が駆け付けてきた。 蛇を差し出された郎党は顔を引き攣らせながらも受け取った。「あ、あの、殺さないで下さいね」 つつじの君が、蛇を持って出ていく郎党に声を掛ける。〝蛇は神様の使いなので轢き殺すのは良くないと……〟
「おい、卿が訪ねてこられたぞ」 つつじの君と御簾越しで向かい合っていた貴晴に隆亮が声を掛けた。「祖父上が?」 貴晴が怪訝な面持ちで言った。 ここは右大臣邸だ。 となると普通なら右大臣に会いにきたと思うところだが今は内裏が方塞りだから別邸に行っていてここにはいない。「お前に会いに来たのか?」 貴晴が訊ねると、「いや、それが……」 隆亮はつつじの君がいる御簾の方に視線を走らせた。 貴晴がそれ以上訊ねる前に祖父が入ってくる。「祖父上、ここには姫君が……」「その姫君にお目に掛かりたい。お顔を拝見出来ませぬか?」 祖父が御簾の方に目を向けて言った。「祖父上! 失礼でしょう。貴族の姫君の顔を見たいなど……」「貴族ではない」 祖父が貴晴の言葉を遮る。「祖父上! いくら祖父上でもつつじの君への無礼は……!」「た、多田様!」 織子が宥めるように声を掛ける。「その方は前の斎王……織子内親王様――そうではありませぬか?」 祖父が織子の方に顔を向けた。「さら……? 祖父上、つつじの君の名前は違います」 大納言の邸の前にいた女性が『しきこ』と言っていたはずだ。「いえ、織姫の『織』って書いて『さら』って読むんです」 織子の言葉に貴晴が振り返る。 更紗織の『さら』か……? 女性の名前は予想も付かない読み方をすることが多い。『明子』とかいて『あきらけいこ』とか『兄子(さきこ)』、『亀子(ふみこ)』などである。 それはともかく、内親王なら名前に『子』が付いていたのも納得がいく。『子』が付くのは皇族か帝の妃、もしくは官位がある貴族の女性なのだ。
〝うらめども うらみつくせぬ 葛の根の いや遠長に うらみ続きぬ〟 貴晴が内大臣家に着くと随身の一人に文を見せられた。 門の近くに落ちていたらしい。 貴晴と隆亮が顔を見合わせる。「……一体どんな恨みを買っているのか伺っても?」 貴晴が内大臣に訊ねた。「人聞きの悪いことを言うな。おそらく何かの逆恨み……」 内大臣が怒ったように答える。〝延ふ葛の 後に逢はむと 契りしも 風に散る葉の うらみるなりと〟「これも逆恨みですか? 『後に逢はむ(後で会おう)』と『契りしも(約束をして夜を供にしたのに)』――約束を守らなかったんでしょう」「女を捨てたのでは? 妻にすると約束しておきながら実際は一晩か二晩で通うのをやめた……」「違う!」 内大臣は貴晴と隆亮を遮った。そのまま黙り込む。 貴晴と隆亮は顔を見合わせた。「……では、我々はこれで」「待ってくれ!」「恨まれてないなら心配いらないでしょう。我々も暇ではないのです」 貴晴が答える。「……検非違使ではないのだな」 内大臣が再び確かめるように訊ねてきた。「違います」 貴晴が即答する。「……男だ」 内大臣が苦々しげに答える。「それを隠したかったんですか? 男同士なんて別に珍しくないでしょう」「私ではない。姫だ。中の姫に男が……」 中の姫というのは内大臣の次女のことである。 どこの姫も上から大姫、中の姫か二の姫、三の姫……と呼ばれるのだ。 管大納言の姫なら『管大納言の大姫』、『管大納言の中の姫』、『管大納言の三の姫』、内大臣の姫なら『白石内大臣の大姫』、『白石内大臣の中の姫』など
「浮かれてるな」 隆亮が言った。「大姫とつつじの君は別人だったんだ」 貴晴は隆亮につつじの君と会った時の話をした。「牛車を止めた?」「ああ。蛇が怖いのに神様の使いだから轢かないでくれって。優しいよな」「それで、ぽーっとなってたのか」 隆亮が笑う。 なんとでも言え……。 妻が二人もいる隆亮からしたら可笑しいのかもしれないが――。 大姫は間違いなく歌会に出ていたと言うからつつじの君とは別人だと分かったの
〝白露に つつじをかさね まつ虫は 菅の野原で 片袖ぞ振る〟 「白露に……」 織子は詠じ掛けて躊躇った。 袖を持っている(自分がつつじの君だ)という返歌を読んだものの、義母の夫(管大納言・匡の父)は匡を春宮に入内させたいと願い出ると決めたらしい。 春宮が(おそらく一度だけ)匡の声を褒めたというのを聞いて大納言もその気になったのかもしれない。 貴晴は織子を匡だと思っているようだし、そうなると入内してしまうのに気を持たせるような返事をするのは良くないような気がするのだ。
左右から男達が同時に斬り掛かってくる。 貴晴は左の男に向けて扇を投げ付けた。 顔面にもろに扇を受けた左の男が一瞬怯んで足が止まる。 その隙に右の男の方に踏み込むと片手だけで太刀を突き出す。 片手の分だけ伸びた切っ先が男の喉を斬った。 男が血を吹き出しながら倒れる。 貴晴は反転すると斬り掛かってきた左の男の振り下ろした刀を際どいところで避けて太刀を横に払う。 太刀の切っ先が男の腹を割く。「ーーーーー!」 男が叫びながら地面に転がる。
「…………」 貴晴と隆亮は視線を交わした。「あ、あの……」 大姫が困ったような声で言い掛けてから口籠もる。 大納言の随身は六人。 大の男が六人も必要になる用……? 大荷物を運ぶのでもない限り考えづらいし、どちらにしろそういうのは随身ではなくて使用人にさせるものだ。 となると自分で人払いをしたのかもしれない。 例えば男との逢瀬とかで……。 男と二人きりになりたくて人払いをしたのなら随身達が揃っていなくてもおかしくはないが……。 貴晴はさり気なく身体の向きを変えて牛車の前の御簾に視線を走らせた。 男物の衣裳の裾は出ていない。 貴晴が牛車の方に目を向けた時、辺り